2011年10月31日

地元の人が絶賛する町 hawasa


朝寝坊したのでアルバミンチへ行く事を諦め、アワサへ日帰り観光へ行く事にした。

宿の横のバスターミナルからアワサ行きのバスで30分(8birr)

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アワサは思っていたよりも大きな町だった。
道路や歩道が広々と取られていて街路樹も多い。
アワサ湖に観光にくるエチオピア人が多いのでホテルやレストランも充実している。
バスターミナルから歩いてアワサ湖へ向かう。

日差しがきつい。

途中で歩き方やロンプラでオススメのレストランでカフェ休憩。
ケーキを食べる。ラスタ村ほどではないがここのケーキもアディスよりおいしいかも。

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アディスを出れば食に困ると心配していたが、今のところまったく問題ない。
インジェラを食べずに過ごすことができている。

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アワサ湖は湖岸でカフェを楽しめるようになっている。
平日なのにたくさんの人がくつろいでいる。
日本と同じようにカップルがいちゃついている。

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湖ではペルーでみたトトラでできた小さい一人乗り用のトトラ舟が浮いている。
沖ではそのトトラ舟にのって釣りをしている人達がいる。


葦や藻、ゴミが浮いていて水が澄んでいるわけではないので綺麗とは言い難いが、エチオピアの他の土地でみた湖と同じような感じである。

しかし他の湖と違うところは、身長が1mくらいある大鳥があちこちにいる事である。
羽を広げると怖いくらいでかい。
人間の赤ちゃんならさらっていってしまいそうな大きさである。

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この鳥...。


気持ち悪い。


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頭が禿げていて毛がところどころ生えている。
そして目が赤くて肌がブツブツしている。
近くでみればみるほど気持ち悪いのだ。
この鳥があちこちにいる。木の上では巣をつくっている。
湖沿いでカフェするつもりだったが、この鳥が気持ち悪くてやめた。


湖をみたら他に見るところはない…。

1泊せずに日帰りで遊びに来て良かったと思う。

11時に到着して13時半のバスで帰る。たった2時間半の滞在だが十分満喫した。

シャシャマネの町中のバスターミナルで下りてしまった。
うちらが泊まっているのは、町外れのジャマイカビレッジ近くのバスターミナルの近くだ。シャシャマネの町はまだ探検していなかったので、歩いて帰る事に。約30分。大通りをひたすらまっすぐに歩く。

南にきたらフルーツがいっぱいあると思い込んでいたのに、バナナとオレンジしかない。アボガドがなくてサトががっかりしていたところに路面にでている果物屋さんにアボガドがあった。質はあまりよくなさそうだけど、アボガドに飢えていたサトは迷わず購入。50gで7birr


暑さに耐えながら歩いていくと、見覚えのある交差点がでてきた。
ジャマイカビレッジに到着した。
もう場所が分かったのでジュースを飲もうとジャマイカレストランへ入る。何かジャマイカンフードも食べられるか?と聞くと、裏のレストランを紹介してくれた。

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またもや看板のないジャマイカンレストラン。
この村は村人に教えてもらわないと、何も発見できないな…とつくづく思う。

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ベジタブル、フィッシュ、ミートのいずれかにライスがつく。
22birr〜25birrで美味しいジャマイカンフードを食べる事ができた。
エチオピアレストランに比べて、ジャマイカンフードはライスが美味しい。白米ではなく野菜がはいっていたり、豆が入っていたりする。

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フルーツジュースはいろいろミックス。パパイヤとパッションフルーツとあとふたつ何か忘れたけど、あっさりしていておいしかった。



アワサはアディスのエチオピア人が口を揃えて良い所だという。
うちらが大阪から九州へいったような感覚なんだろうと思う。
アディスに比べるとなんとなく南国チックで広々と開放的な雰囲気がある。それだけでみんなリラックスできるのだろう。

しかし外国人観光客にとってはわざわざ訪れるにしては時間がもったいないかも…というのが率直な意見。


明日こそは出発せねば。



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余談・・・なんでエチオピアのお金ってこんなに汚くて臭いんだ?!?!

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2011年10月29日

ラスタファリンの故郷 shashamane


重い腰を上げてついにアディスを出発。

まだまだあと一ヶ月はここに滞在できるね。なんていいながら朝9時、1ヵ月半お世話になったTAITU HOTELをでた。

churchil stからミニバスでスタジアムまで(3birr荷物代は取られなかった)
スタジアムからミニバスで kariti まで(10birr荷物代込み)
kariti からバスでシャシャマネまで(75birr + 荷物を屋根に乗せた人へチップ荷物ふたつで5birr) 

乗り継ぎがよく、まったく待ち時間なしでアワサ行きシャシャマネ経由のバスに乗ることができた。

10時半 kariti 発。
以前、小旅行に来た湖の町bishofutuを通りシャシャマネへ向かう。
ついに南部旅行の始まりだ。

13時頃にお昼休憩。

その後もバスはぐんぐん走る。
道端でアディスのお土産屋さんにうっているタペストリーが売られている。
ほのぼのとした景色が続く。またもやいつの間にやら眠っていた。

バスに乗っているのに疲れてきた頃にシャシャマネに到着。15時になっていた。

思っていたより時間がかかってしまった。

シャシャマネに来たのには理由がある。
ラスタ村(ジャマイカビレッジともいう)があり土曜日は歌って踊って葉っぱを楽しむ特別なミサがあるというのだ。
うちらは葉っぱには全くといって興味がない。
レゲエにも興味はあんまりない。ボブ・マーリーをちょっと聞く程度。

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だけど、南下する通り道だしそのラスタ村は独自の文化を持っていると聞き行ってみよかという事になった。
治安が悪いとか最悪な町、二度と行かないなどなど悪評価をよく耳にする町。

バスターミナルのすぐ横にある宿「Bereket pension」に泊まる。
シャワートイレ付の部屋 90birr
水シャワー、トイレ共同の部屋 60birr

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シャワートイレ付の部屋は汚い。
シャワートイレ共同の部屋の方が建物が新しい。
それに日当たりもよく部屋がめちゃくちゃ広くて快適である。
水シャワーというのだけが辛いが、立地もいいし安いしスタッフも愛想がいい。

歩き方に乗っているホテル達はラスタ村から離れているのでわざわざそっちまで行って泊まる必要はない。うちらが下りたバスターミナルはシャシャマネの町の中心ではなく外れにあるバスターミナル。
ラスタ村まで歩いて5分だし、綺麗なホテルもある。各方面へのバスも発着しているので便利だ。アディスからきた場合、ラスタ村を通り越したら真っ直ぐに行く道と左に分かれる道がでてくる。
真っ直ぐにいけばシャシャマネの町まで2km。左に曲がるとアワサである。アワサ行きのバスに乗ると左に曲がる。600mくらい進むと左手にバスターミナルがでてくる。そこで下りる事ができる。ラスタ村が目的の人はここで泊まると便利だ。

うちらが泊まったところからだとラスタ村まで徒歩5分。治安に不安も感じなかった。



日暮れまで時間が迫っているので、荷物を置いてすぐにラスタ村へ徒歩で向かう。
大通りにでると、若者が声をかけてきた。
「ナイアビンギ教会ならこっちだよ。」という。
「自分でいけるから」といいながらこの村の地図もないし、時間もないのでそのまま何となく案内してもらう。
教会の中に入ると「今日はミサないよ。明日来なさい。ひとり100birrだからね」との事。


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ナイアビンギ教会


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ミサを見れたという人の声を聞いたことなかったので、やっぱりという感じだった。
案内してくれた彼にまた明日ここで会おうという約束をして別れる。
フルーツジュースでも飲んで休憩しようとウロウロしていると彼がまたやってきてお店に案内してくれた。

こじんまりしているけど、エチオピアらしくない感じのお店だ。
入り口の庭には家庭菜園がある。

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店内は「暗く汚くて中国産のポスターが貼ってあるエチオピアレストランによくある風景」ではない。
あっさりとしているがエチオピアを感じない。メニューは英語のみ。
ラスタ村はエチオピアの町とは違う空気を感じる。
ラスタ帽をかぶったおじいさん達は英語を話すし、ドレッドヘアーの人がたくさんいる。
「危険!!!最悪!!!」と聞いていた村だけど、うちらにはすごく平和な村に感じる。

そして出されたフルーツジュースはエチオピアでよく飲むビールジョッキに入ったジュースではなく、キャロットジュースと柑橘系のジュース。
バナナケーキはしっとりしていて久々に「おいしい!」と思った。

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アディスで食べていたケーキは「エチオピアにしては美味しい」といものだった。
ここは食生活も違うようだ。メニューを見るとインジェラの文字はなくライスとある。

なんだか不思議な感じのする村である。


横にバナナの皮を使って絵を描いている人のギャラリーがあるのでついでに案内してもらった。
入場料15birr
鍵を開けてもらう間、テラスで待っていると何人かの少年(たぶん自称ガイド)が来た。みんな笑顔で英語でいろいろと説明をしてくれる。
みんな気さくな人たちで感じがいい。

帰り際、はじめからうちらを案内してくれているブルークが「明日、朝9時に教会で待ってる。他の教会やフランス人が経営しているホテル、フランス人地区など村の案内してあげるよ。無理にプッシュはしないけど、少しチップを明日くれないかな。」といってくる。
今日も案内してもらったし、自分達ではこの村を散策するのは難しそうだ。それに案内してもらっている間、彼は村の大人や小さな子供達としょっちゅう挨拶かわしている姿をみて「多くは払えないよ。それでもいいなら明日9時に待ち合わせね。」と彼を信用してみる事にして9時に約束した。


朝9時に行ってみると、ブルークが手を振っている。
まだ、教会でのミサは始まりそうにないという。
なので村の案内をしてくれる事になった。

まず私が見てみたかったフランス人が経営する「ZION TRAIN LODGE」へ。
村の奥にありフランス人地区のほうにある。

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中はゆったりとした造りになっている。庭でお茶を飲ませてもらう。自然に囲まれた庭は気持ちが良い。犬も人もくつろいでいる。

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ここに泊まりたいなー・・・と思ったがふたりで400birrくらいする。
ちょっと手が出ない。


ここはアディスの偉いさんや外国から来た政府関係の人も多く泊まるらしい。トラディショナルな部屋が人気だそうだ。
その後、フランス人地区を通る。フランス人が土地を持ってる地区でまだ空き地だったり家を建てている所だったり、まだまだたくさんの人が住んでいるわけではないようだ。実際にひとりもフランス人に会わなかったし…。



村の案内をしながらブルークがラスタ村のことを教えてくれる。

ここにはたくさんのジャマイカ人が移住してきている。彼の父もそのひとりだ。
人種差別や貧困に苦しむ黒人にとってエチオピアは聖書にもでてくるし、イタリアを撃退した事があるなど黒人達には「希望の象徴」のような国だった。
白人にアフリカから奴隷としてカリブ海へ連れていかれた黒人達。
エチオピア帝国皇帝ハイレ・サラシエがマルカ・ウダ地域(ラスタ村)を西側諸国に住む黒人の為に提供するというと、彼らにとってエチオピアのラスタ村は「故郷」となった。
ジャマイカを中心にマルカ・ウダを行くという事は大きな夢となった。
彼らはマルカ・ウダへ行く事を「帰る」という。
こういった運動を「ラスタファリズム」といい、彼らを「ラスタファリン」と呼ぶ。

これがこの村がラスタ村と呼ばれ、エチオピアでない空気を持つこの地域の歴史だ。
ラスタ村は大きく分けてナイアビンギ教、ボボシャンティ教、それと地元の人達で構成されている。前者の2つに「帰ってきた人達」が属している。ベジタリアンが多いとの事だ。
村人の中には英語を話す人が多いし、ラスタ帽を被りドレッドヘアーにし、ジーンズをはいている。そういうラスタスタイルの人の多くはもともとどこかの国から「帰ってきた」人なのだ。この村ができてまだ60年ほど。しかし帰ってきた人達ばかりでなく、フランス人、ベルギー人、イギリス人、日本人などいろんな国の人が移り住み始めている。
黒人でない人達との関係性はどうなの?と聞くと
「問題ないよ。未来にはこの村はもっと国際色豊かになって経済的にも成長するよ。」といっていた。
ビザの事について聞くと「お金をだせばビザなんて簡単に取れるよ。」という。滞在期間に「forever」とかけばいいというのだ…

うちらは会う事ができなかったがここには「ママ」と呼ばれる80歳くらいの長老がいる。もうボケているらしいが村の歴史を知り尽くしている人らしい。ラスタ村には決まりがあって、女性はスカーフを被りスカートをはかないといけない。パンツは男性のものだというのだ。女性は女性らしくがモットーらしい。



もともとここに住んでいたオモロ人達は勝手に土地を奪われ、自分たちよりも裕福な生活をしているラスタ達の事をあまりよくは思っていないようである。
帰ってきたラスタ達はエチオピアに来たらそれなりのお金持ちだ。貨幣価値が違う為にお金持ちになれるのだ。
フランス人経営のホテルの子供達やナイアビンギ教会に出入りしている子供達、ラスタの施設で会った子供達は道端の子供達と明らかに違う格好をしている。それにエチオピア人の子供達は外人を見ると「youyouyou」というのですぐ分かる。ラスタの子供達は言わないのだ。
大人たちの格好も違う。ラスタのほうが垢抜けている感じがする。

しかし、「ラスタ」のお陰で学校ができたり、水道が整ったり仕事を得られたりとプラスな面もでてきている。プラスマイナスゼロの関係を築けたらいいのになと祈る。




このラスタ村のラスタ達は「ナチュラル」を愛している。
故にマリファナを愛している。
彼ら曰く、こんなに体に良いものはないというのだ。
マリファナは体の毒素を出し、癒す。という。
みんなかなりの量をポケットに持っている。見るからにフレッシュで綺麗な色をしており良い香りがする。
「買わないか?」「吸ってみるか?」と勧めてくるが、
「君らが横で吸っていると良い香りがする。それで十分。」と断る。
この村の人は「吸わないんだ。」とはっきり言うとしつこくない。
村から10kmくらい離れた畑に大きな土地があってそこで各々マリファナを栽培しているという。人によって大きさはいろいろだけど1ヘクタールのマリファナ畑を持っている人もいるという。だいたいがとうもろこし畑の真ん中にマリファナ畑を作って外部からわからないようにしているとの事。
「旅行者が行っても絶対に見つけられないね。」というと笑っていた。
彼の畑は100m×100mくらい。半年に一度の収穫で20kg採れるらしい。エチオピア人には1kg500birr(2500円)
他の国の人には200ユーロ(21000円)で売るらしい。
ここから外国に特別ルートで輸出しているなどの裏話も聞かせてくれた。
彼らの話はどこまで信憑性があるかわからないけど。



結局ナイアビンギ教会でのミサはいくら待ってもやる様子がなく見れなかった。たぶん、特別な日しかやっていないように思われる。
毎週土曜日というのは遠い昔の話なのかもしれない。

実はブルークにナイアビンギ教会のエントランス料をひとり100birr午前中に渡してしまった。たぶん教会に入るだけならこんなに高くないと思う。
ミサを見れなかったとしても渡してしまったお金が戻ってくるわけがない。
一応、「見れなかったんだからお金返してよ。」といったが「いろいろ案内したじゃない。」と断られる。まあ、ミサがなかったのだってブルークのせいではないんだけど。

昨日と今日でたくさん案内してもらったしなぜかボブ・マーリーのCDもくれたし悪い人ではないいんだけど、午後になるにしたがってマリファナが決まってきたブルークとこれ以上話し合っても拉致があかない。
それにこの村では、彼と戦ったところでうちらに勝ち目はない。
しかしこれ以上お金を払いたくないので、朝払ったお金をガイド料として諦める。

騙された訳だが、たくさんの話、自分達ではいけない場所に連れて行ってくれて楽しい時間を過ごす事ができたのでお金に後悔はない。

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ジャマイカ飯。うまい!!!


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ブルークに案内してもらった看板のないレストラン。(一般人の家??)



ラスタ村は村を知り尽くしている自称ガイド達に案内してもらった方が楽しめるかもしれない。ラスタ村には必要な分しかお金は持っていかないほうがいい。自称学生ガイド達はプロなのでお金を出させる事は上手だし、集団でこられると勝ち目はない。

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こんな書き方をしたら「危ない所」に感じるだろうけど、ガイド達とうまく付き合えば楽しく過ごせる場所である。
うちらは訪れて良かったと思っている。

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ボブ・マーリーが来た時、写真を撮った場所だとか…



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2011年10月28日

マザーテレサハウスB


北部旅行から帰ってきてまたマザーハウスに顔を出すべきか悩む。
2週間以上もあいたし、顔をだしてもせいぜい2日ほどしか行けない。

中途半端に行って赤ちゃん達とスタッフを期待させるよりは行かない方がいいと判断して私は行かなかった。
サトはリハビリ部屋が気になるという事で出かけていった。
サトが通っていたリハビリ部屋はリハビリが必要な子供達の人数に対しリハビリができるスタッフが全く足りていなくて子供達のリハビリがきちんとできていない状態だった。
それにスタッフの知識もそんなに豊富ではなかったので経験のあるサトは重宝されていたようだ。
実際にサトが通いだして座れるようになった子供もいるらしく、他のスタッフから「もっと彼らに変化を起こしてあげて欲しい」と頼まれていた。


サトも訪問には悩んだようだが、子供達も喜んでくれたらしく行ってよかったようである。ついでに赤ちゃん部屋の様子を覗いてきてもらった。

赤ちゃん部屋に行ったサトは「行かなければよかった。」と答えた。


北部旅行へ行く前は、抱っこしなくても自分達でおもちゃで遊べるようになっていたし、いろんな人ともちゃんと接していたので、うちらがいなくても問題なさそうだった。

なのでうちらも北部へそろそろ行くかと旅行してきたわけだが問題はまだまだ大ありだったようである。
そんな短期間で赤ちゃん達の心は立ち直るものではなかったのだ。


まず、アルマスはまた遊ぶことに興味をなくし人間に対して不信感を持ち、目に光がなくなり伏目がちなアルマスに戻っていたという。
そしてまたあのストレスを搾り出すような「ギィィッィー」という声で泣くようになっていたというのだ。

エビ君は笑ってはいるが以前のような弾ける笑顔ではなくなっていた。、他の元気な赤ちゃん達からも確実に笑顔と元気が減っていたという。

赤ちゃんのメンバー入れ替えがあったようでいい雰囲気ではなかったらしい。それにスタッフ達も泣いている赤ちゃんそっちのけで世間話をしていて赤ちゃん中心という空気が消えていたようだ。

サトの話を聞いて、ボランティアなんてしないほうが良かったのかもしれないと悩んだ。
赤ちゃん達に「いつも夕方面倒みてくれる人」という安定していてくれる存在ができたと思わせてしまったのかもしれない。
突然、抱っこしてくれる遊んでくれる人がいなくなった事が彼らに、また喪失感を与えてしまったのかもしれない。


エチオピア人のスタッフは愛情の与え方に大きくムラがある。
自分達がおしゃべりしたい時は赤ちゃんが泣いていようがほったらかしだったりするし、自分の気に入った赤ちゃんしか抱っこしない。

なのでオムツを変える時しか抱っこされない赤ちゃんもいるのだ。


笑顔を取り戻した頃のアルマスはスタッフからもかわいがられ始めていたが、
笑顔を失っている時のアルマスはほとんど無視されていた。泣くからといって頬をたたくスタッフもいたほどだ。



アルマスはまたスタッフと距離ができてしまったようだ。
赤ちゃん部屋の中心となってみんなを笑顔にしていたアババ君が隣の「お兄ちゃん部屋」に移ってしまったことも大きな要因であると思われる。
アババ君といつもじゃれていた元気なマグダラ(ニックネーム)も元気がなくなっていたという。

どうして・・・・・という言葉しかでてこない。
北部旅行へ行く前はみんな笑顔で遊んでいたのに。


サトの報告を聞いて滞在を延期してまたマザーテレサハウスに通おうか悩む。
しかし、次にもう一度通うのなら、彼らが外国の里親たちに引き取られるまでいないと意味はないと思う。同じことの繰り返しになってしまう。

それに正直なところ、自分達の旅を再開しないといけないという気持ちも大きい。
ふたりで話し合った結果、旅を選択した。


今回、ボランティアをしたという事は正しいのか考えた。
赤ちゃんの笑顔を見たいと思って私が1ヶ月通った事は果たして赤ちゃん達にちゃんとプラスだったのか…と悩んだ。
シスターは「アルマスに笑顔を戻してくれてありがとう。彼女はもう大丈夫なはず」といってくれた。だけど…
数週間の間、アルマスは確かに心が安定していたように思う。
数週間でも安定して笑顔で過ごす時間があったのはアルマスにとってマイナスではないと思いたい。
欲する事をしなかったエビ君も自分から「欲する」行動をするようになった。
他の赤ちゃん達も抱っこされて甘える事ができた。

彼らに何もなかった1ヶ月よりは誰かに甘える事ができた1ヶ月のほうがよかったのではないかとも思う。





☆アディスアベバのマザーハウスへの行き方☆
アムストキロの先にある動物園の前の道Russia stを東へ歩いて5分くらい。Russia Stまでいけばほとんどの人が知っているので教えてくれる。エチオピア中にいくつかマザーハウスがあるらしいがここがメイン。赤ちゃんからお年寄りまで全ての人がいる。ボランティアは随時募集しているようだが基本的に長期。最短でも1週間。私は1歳未満の赤ちゃんの面倒をみていた。サトは障害児のリハビリ。リハビリなどの知識がある人が不足していてエチオピアのスタッフも頑張っているが、まったく手が回っていない状態。少しでも興味がある人は訪れてほしい。私のように知識がなくても赤ちゃんを抱っこしてあげるだけでいいから。アポなしで訪問する際は15時〜17時がいいと思われる。
posted by hoso9 at 00:00 | Comment(0) | エチオピア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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