2012年01月12日

ジェノサイド(大虐殺)の現場へ muranbi


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ブルンジ国境近くにあるジェノサイドメモリアルセンターへ。
この地域ではたった5時間の間に5万人ものツチ族の人が虐殺されたという。

NYABUGOGOタクシーパークにあるSOTORAツアーズで朝7時半発HUYE(ブタレ)まで(2500RF)
HUYEからGIKONGOROまで(500RF)
MURAMBIメモリアルセンターの看板があるラウンドアバウトでバスを降りる。
そこから自転車タクシーで2,5km(200Rf)

自転車の後ろに乗って、未舗装道路をけっこうなスピードで下っていく。
ここでも平和な空気が流れている。子供達は「ムズング〜(外国人の意)」といって無邪気に手を振って来る。大人たちの顔も穏やかだ。

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しかし自転車の後ろに乗りながら、今走っているこの道にも何千という死体が転がっていたのだろうと思うとこの自然いっぱいの道中を心から楽しめなかった。
ムランビメモリアルセンターは昔は技術学校だったらしい。
そこに大勢のツチ族が避難して、フランス軍もいた。
しかし、周辺の民家に対してこの建物だけがきちんとした建物過ぎて異様だった。

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入り口をはいると立派なカウンターがある。新しい施設といった感じだ。
だけど、警備員しかいない・・・。
他に観光客がきている感じもない。
少しすると奥から施設のガイドさんがでてきて、この施設についてのおおまかな説明をしてくれた。
現在改装中らしく写真パネルなどはみれたものの映像などは残念ながらあまりみれなかった。
ガイドさんの話とパネルの説明によると、ここは昔学校だったこと。
ジェノサイド時フツ族は道路は全てコントロールし逃げ道を封じた。結果、学校がツチ族の避難場所となった。大勢のツチ族が避難しにきて水、食料ともなく飢えに苦しんだという。

ある日、朝6時から集団大虐殺が始まった。午前11時には5万人ものツチ族の人が犠牲になっていた。


その時、生き残ったのがたったの12人だったという・・・

負傷して倒れたのを死んだと思われた人が生きのびたという事だった。


写真パネルなどはキガリの施設と重なるものも多く、展示の雰囲気からも改装にはキガリの施設を作った人達が関わっているのだろうと思った。
色んな人の色んな視点からみたジェノサイドについての展示を見たかったので少し残念ではあった。

パネル展示部屋の床の真ん中には大きな四角の穴が開いていた。
この床の穴には遺体を入れて展示するのだという・・・
なんだか、ミイラ博物館のようだ・・・と感じた。

ガイドさんが「何でも聞いてくれ」という。やっと「ルワンダ人に聞ける」と思って、いろいろ考えていたことを聞いてみる。

「現在のツチ族、フツ族の関係はよくなってきているの?」
ガイド「良くなってきているどころかGOODだよ。僕らは新しい世代なんだ。今は新しいルワンダでもう昔のルワンダとは違うんだ。」

「日本は未だに周辺諸国とは憎みあっている部分が残っているのに、たった18年でツチ族フツ族ではもうなんのわだかまりもないのか?」
ガイド「ジェノサイドはルワンダ国内でルワンダ人同士で起こったこと。もともとは我々はひとつだったのだから。だから国対国で起こった問題とは違う。」

なんだか真相をはぐらかされる感がある。ちなみにガイドさんはフツ族である。

「今も昔のように種族が書かれたIDカードなの?」
ガイド「今は何も書いてないよ」といいながら自分のカードを見せてくれた。
確かに書かれていない。
「だけど、あの人がツチ族でこの人がフツ族という事を外見で見分けることはできるの?」
ガイド「見分けようと思えば、見分けることはできる。」

少しガイドさんが話しずらそうになってきたので、いったん質問を止めた。


5万人のうちの数千人のミイラが安置されている教室へ案内された。
ここからはガイドさんは用事があるからといって、英語が全く話せないジェノサイド生き残りの
12人のひとり、ツチ族の女性と交代した。スラっとしたさみしそうな目をしたおとなしそうな40歳くらいの女性だった。
ガイドさんは去る時に「彼女は英語はまったくわからないからね!!」と強く言って去った。
「これ以上聞かないでくれ」という態度にも思えた。

彼女にミイラが安置されている教室に案内してもらう。
各教室に横たわったミイラの遺体。
乾燥して骨にへばりついた人皮は白い粉を吹いてまっ白になっている。
もとの肌の色なんてまったくわからない。
真っ直ぐに横たわっている死体は少なく、残虐に殺された後、放置されたのがわかる。
頭蓋骨にヒビが入っていたり、骨がおかしな方向を向いていたりした。
部屋に入ると強烈な臭いがする。干からびて酸味を帯びた臭い。
今は20教室くらいにミイラの遺体が安置されている。

2教室入っただけで臭いのせいか頭痛がしてきた。
私とタクちゃんは教室の外から眺めていたが、サトとサユさんはふたりで何やら話しながら全ての教室へ入っていく。
教室の外で待っている間、ほとんどできないフランス語で彼女に話しかけてみた。

「今、何人くらいの赤ちゃんのミイラがここにあるの?」
彼女「たくさんよ・・・。まだまだ遺体はあるの。あそこにも。あそこにも。まだたくさん埋まっているわ。」
これからも敷地内の共同墓地に埋まっている遺体をどんどん掘り起こして移動していく予定だそうだ。
うちらがほんの少しでもフランス語がわかる事がわかった途端、彼女がすごいたくさん話し出した。

ミイラ安置部屋の中に入って、赤ちゃんを抱っこしているミイラを指し「ママと赤ちゃんよ」と教えてくれた。その後も、ミイラを素手で触りながら「この人は〜」「あの人は〜」と説明してくれた。
はっきりいって何をいってるのか大方理解できなかったが、彼女には伝えたいことがたくさんあるんだということが伝わってきた。
きっと彼女にしかわからない気持ち、感情がある。
他人のミイラを素手で何の躊躇もなく触れるのだ。
一番、私が聞きたかったのは彼女の話だった。
私がフランス語を話せたら・・・。

彼女は本当に強い女性だと思う。

ジェノサイドの生き残りで想像に絶する体験をしながら、それから目を背けずに誰よりも近い場所で生きている。
人間、辛い思い出から少し距離を置く事で心の安定を保つ事ができると私は思っている。
常に辛い思い出の中で生きるのは本当に厳しい事。
彼女は今も同族の人達の遺体を見守り続けている。
彼女と何でもいいから話したかった。言葉の壁がもどかしかった。

ガイドさんが迎えに来て、本館のひと部屋に通された。
名前、国籍、メッセージを書いた。
4人とも頭がいっぱいでこんな小さな欄になんのメッセージを書いたらいいかわからず、
空欄にしていたら「何かメッセージを」といわれた。
適当なメッセージが思い浮かばず、日本語でお礼を書き寄付を添えた。

ガイドさんはジェノサイド以外の話をしたがる。
だけどフツ族の意見がきける最後のチャンスだと思って質問することにした。

「ツチ族側からみた話の映画は見たんだけど、あれは真実なの?」
ガイド「ホテルルワンダかい?あれは真実じゃない。彼はただのビジネスマンだ。お金のある人だけかくまったんだ!!」
と思いがけない強い口調で話してきた。

映画では主人公はフツ族だ。だけど奥さんがツチ族でたくさんのツチ族をホテルに避難させ助けたという話だった。しかしフツ族からは裏切り者とされ殺されそうになる。今現在はベルギーに住んでいる。

映画にもなり彼に大きなお金が入ったのは確かだろう。
ガイドさんから映画の主人公に良い感情をもっていないというのははっきりと伝わってきた。

ガイドさんは一方的に質問を切ろうとする。そして他の話題をしようとするので割って質問した。
「フツ族全員がツチ族を虐殺に手を染めたの?」
ガイドさん「全員ではない。でもほとんどの人がした。」
「女性や子供も?」
ガイドさん
「中には家にこもっていた人たちもいる。」

そこまでいうと彼を席を立ってしまった。

ここで働いているとはいえ彼も加害者なのだ。当時彼は中学生くらいだったはず。
全てを知っているはずだ。
そんな彼に深く語らせる事は酷な事かもしれない。
最後にお礼を言って建物をでて、ギゴンゴロまでの坂道を歩いて帰った。
4人とも様々な思いが頭の中をまわっている。
帰り道、子供達が駆け寄ってくる。さっきまでの空気と建物をでた空気が違いすぎて混乱した。


あの施設はフツ族が世界に向けて「私達はこんなに反省しているんだ」と表向きだけでも表現しているだけに見えた。
どちらが悪いといえばそりゃ「フツ族」と答えるが、私は一方的にフツ族が悪いとは思わない。
フツ族だって様々な思いを抱えて、ジェノサイドを行ったと思う。
映画のせいもあって「フツ族」は虐殺集団となっているが、本当のところが知りたい。
リーダーによる洗脳だってあったと思う。
ツチ族を殺さないと自分の家族、親戚が危なかったかもしれない。
被害者サイドだけでなく加害者サイドをもっともっと、私達が知らないといけないはずなのに
それが語られていない。

日本だって戦争中は同じような事をしたんだから。
日本人が「フツ族だけが悪い」とはいえないと思う。
日本人だからわかるフツ族の気持ちもあるはずだ。

終わったかのようにみえるジェノサイドは終わっていないと感じた。

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今日でタクちゃんとさゆさんとはいったんお別れ。
うちらはブタレに留まり、ブルンジへ。彼らはキガリへ戻りタンザニアへ。
すごく楽しかったし、一緒にいて勉強になった。
素敵なふたりだった。また必ず再会したいふたりだ。
ありがとう。

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ビュッフェ式のルワンダ飯。なかなかいける。

posted by hoso9 at 00:00 | Comment(0) | ルワンダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

本物のホテルルワンダへ kigali


1994年にルワンダで起こったジェノサイド(大虐殺)
ツチ族とフツ族の間にそれは起こった。

わずか3ヶ月の間に60万〜100万というツチ族が虐殺されたという。
犠牲者の正確な数はわかっていない。

ジェノサイド中には亡くならなくても、ジェノサイド時にうけた傷が悪化したり、感染で亡くなった人もいるだろう。正確な数など永遠に出せないのだと思う。

日本にいる時に「ホテルルワンダ」や「ルワンダの涙」という映画をみた。
あまりにも遠い国のことで当時は現実感なく映画を見たというのが正直な答えだ。
平和な日本にいると戦争、紛争などは自分とは関係ない出来事で映画の中の世界のように感じていた。
そしてその土地に自分が行くことになるとは想像もしていなかった。

映画の内容は本当におそろしいものだった。
民族間の対立でフツ族がツチ族をどんどん殺していく。
昨日までは「お隣さん」だった人が鉈を持って殺しにくるのだ。

昔、ベルギー人がルワンダをコントロールする為にツチ族とフツ族を容姿から分けてツチ族を優遇したのが民族対立の始まりだと言われている。この対立がジェノサイドへとつながっていったのだ。


ウガンダから陸路でルワンダに入ってきたが、数年前にジェノサイドがあったとは思えないほど平和な空気に包まれている。
豊富な緑、人々は親切で笑顔だ。この国であんな事があったなんて信じられない。



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首都キガリにある「KIGARI MEMORIAL」はKISOGIという地域にある。
nyabugogoタクシーパーク周辺からミニバスがでている。150rf
写真や資料、人骨などがとても綺麗に展示されている。
目を背けたくなるような写真もあったし当時の町の様子を伺う事もできた。
今もジェノサイドがトラウマとなって苦しんでいる人たちがいる。
それは被害者のツチ族だけでなく加害者のフツ族にも多くいるとの事だ。
そしてジェノサイド中の暴行によってうまれてきた子供達もいる。
暴行によってHIVに罹ってしまった女性も多い。

当時の出来事がわかりやすく展示されていて、ここで何が起こったのかを知るだけならいい施設だと思う。
だけど私は人々の当時の心境や今現在の問題を知りたかったので不満足に終わった。

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その後「ホテルルワンダ」という映画にもなった「Hotel des Mille collines」へ向かった。
外観は思ったよりあっさりとしていて日本のビジネスホテルのよう。
こじんまりとしているが、うちらのようなバックパッカーにも気持ちの良い応対をしてくれた。
掃除の行き届いたロビーのテラスからはホテルのプールの向こうにキガリの町を見下ろせるようになっている。

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プールではお金持ちそうな黒人達が泳いでいた。
プールサイドには白人達が読書をしたり、カクテルを飲んだりしている。
あまりにも平和でここが「ホテルルワンダ」だという事を忘れてしまいそうだ。

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せっかくなので少し奮発してみんなでジュースを飲みながらプールサイドでくつろぐ。
風通しがよく気持ちが良い。くつろぎながらジェノサイドについて話し合っていると、
みんなの中にもともとあった「その後はどうなってるの?」という疑問点がおおきくなってきた。

とにかく誰かに話を聞いてみたいと思うが、デリケートな話題だけにその辺にいる人には聞けない。
なのでインフメーションセンターを探してみることにした。すると、移転したとのこと・・・
今日はもう時間が遅くなってきていたので諦める。


日中はなんだかんだと食べたり飲んだりばかりしていたので、夕飯は宿の部屋でラーメンを作ろうということになりNAKMATTスーパーで葱やハムなどを買って宿に戻る。
想像以上に美味しくできて、お腹空いてないといっていたはずがみんなペロリと平らげた。
タクちゃん提供のワカメが良い仕事してくれました。おいしかった〜〜〜

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食後はジェノサイド当時、ルワンダで活動していた国連隊員のドキュメントビデオをみる。
ジェノサイドについて少しでも多く知りたいと思って見たのに「国連」に対しての疑問が増えて、更に疑問点が増えてしまった。

しかしこういう時、熱く語り合える仲間がいるのは嬉しいし助かる。
タクちゃん、サユさんは2人ともいろんな知識を持っているし、他の国でもたくさんの事例をみている。
しっかりとした意見を持っているので勉強になる。
彼らと一緒にルワンダに来れてよかった。

posted by hoso9 at 00:00 | Comment(0) | ルワンダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

ここで大虐殺?! kigali 


ウガンダ側のKATUNAの町から国境を超えて、とうとうルワンダにきた。

ルワンダはアフリカで来たかった国のひとつ。

キガリまでの風景はウガンダ同様、緑が多い。
しかし、ウガンダよりも国全体が綺麗に感じた。
茶畑のような綺麗に区画された畑が延々とある。
その中に色鮮やかなカンガをまとった女性達が働いている。
「楽園」
と呼ばれていたのが納得できる風景が広がっている。

ここであのジェノサイド(集団大虐殺)が行われたとは想像できない。

本当に平和な空気が流れている。


キガリのNYABUGOGOタクシーパーク横にあるガソリンスタンドで降ろされた。
タクシーパーク近くの宿に泊まった方が便利で安いと聞いていた。

「HILTON LODGE」
ひと部屋 5,000rf(700円くらい)
トイレ、ホットシャワー、タオル、蚊帳付。まあまあ綺麗。
まわりにレストランもあるしATMもある。小さいスーパーもあり便利だ。

早速近くのレストランへ行ってみた。
すごいボリューム。ウガンダから思っていることだけど、塩気がいつも足りない。
毎回、塩をかけながら食べている。
アフリカの人達は以外と薄味が好みのようだ。

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その後は銀行でお金をおろしたり、近くを散歩して過ごす。
少し移動で疲れたので、夜まで部屋で休憩する。
夜、タクちゃんサユさんと一緒に夕飯へ出かける予定だったが
なんだか胃もたれしていてレストランで食べる気がしない事を告げると
ふたりとも同じくお腹空いていないということだったので、
部屋で一緒にパンとコーヒーなどで夕食をとる。

今夜もNEWTOPIAの事、ジェノサイドの事など話が尽きなかった。
ふたりと話すのは楽しい。

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サンタさんの肌が黒い。アフリカ仕様の看板






posted by hoso9 at 17:00 | Comment(0) | ルワンダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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